「そうですか。やはりあなたはあの男をご存じなんですね」一旦、病室を出て同じ病棟の談話室へ移動すると一番年長の警察官が里中に声をかけてきた。「はい。俺が勤務している病院の自動販売機のオペレーターです」「あの男とは友人関係だったんですか?」「はい、友人です」「しかし、彼の方はそう思っていなかった可能性がありますね」警察官は何故か意味深なセリフを吐いた。「あの……一体それはどういう意味なんですか?」すると今まで2人の会話を聞いていた若い警察官が口を挟んできた。「君は何も気づいていなかったのか?」はっきり言わない警察官にしびれを切らした里中はイライラした調子で声を上げた。「さっきから一体何が言いたいんですか? はっきり言って下さいよ!」「ああ、これは失礼」若い警察官を制すると再び年配の警察官が謝ってきた。「この男はねえ、昨夜9時半頃に雑居ビルが立ち並ぶ歩道橋の下で頭部から血を流して倒れている所を発見されたんですよ」ゴホンと咳払いして警察官は続けた。「幸い、身元の確認はすぐに出来ました。携帯電話を所持していましたからね。それでちょっと面白いことが分かりましてね」「面白いこと?」里中は眉をひそめた。「彼の発信履歴を見ると、ここ最近ある一定の時間に何度も何度もあなたに電話をかけていることが分かったんですよ」「え?」一瞬何を言われているのか分からなかった。「あなたのところに最近毎晩のように電話がかかってきていませんでしたか?」「!」(まさか……あの無言電話の相手が……!?)親友だと思っていた長井がストーカーだったとは思いたくなかった。しかし現実は残酷だ。「この女性に見覚えありませんか?」警察官は1枚のスナップ写真を見せてきた。そこには隠し撮りしたかと思われる千尋の姿が映されている。「千……尋さん……」「やはりあなたは彼女を知ってるんですね。この写真、発見時に長井が所持していたんですよ。いや、実は我々は最近こちらの女性からストーカー被害の相談を受けていたんですよ。それで彼女の自宅付近を毎晩パトロールしていましてね」里中は黙って警察官の話を聞いている。「昨夜は2名体制でパトロールをしていたのですが、ボヤ騒ぎで二手に分かれて行動したんですよ。1名はこの女性の自宅付近に待機していたんですが、近所の家の窓ガラスが割られる悪戯があ
「ほう。あなた、犬の名前までご存じだったんですね」「勿論です! ヤマトはうちのリハビリステーションのセラピードッグだったんですよ。すごく賢くて大人しい犬なんです。だからそんな行動に出たなんて、正直驚いていますよ!」「……余程、ご主人を慕っていたんでしょうねえ」「はい、そう思います」里中は唇を噛んだ。「我々は警察官を1名病院に残してこれから長井の住むアパートに行ってきますよ。ご協力感謝いたします。病院まで送りますよ」警察官たちは立ち上がった。「あの……」里中はまだ椅子に座ったまま俯いた。「何です?」先程まで話をしていた警察官が返事をした。「長井は……またストーカー行為を続けるでしょうか?」「ああ、それは無いと思いますよ」こともなげに言う警察官に里中は不思議に思った。「どうして言い切れるんですか?」「……恐らく落下した時に第5頸椎を損傷したのでしょうね。もう一生車椅子生活になったらしいです」「え? 長井はもう二度と歩けない身体になってしまったんですか?!」あまりにも衝撃的な話しばかり続き、里中は眩暈がしてきた。「まあ、自業自得ってところもありますね。それに運が良かったじゃないですか? 下手したら死んでたかもしれないところを助かったのですから」若い警察官が口を挟んできた。あまりの言いように里中は頭に血が上ってしまった。「なんだってそんな言い方するんだ!! お前、それでも警察官か!?」気が付けばその警察官の胸倉を掴んでいた。「ぐっ……」胸倉を掴まれた警察官は苦しそうに呻いた。「まあまあ、落ち着いてくださいよ。今の言い方は確かにこちらが悪かったです。許してやってください、まだ年若い男なので」年配の警察官に止められて、里中は手を離した。「すみません……つい乱暴な真似をしてしまって」若い警察官はまだ苦しそうに喘いでいる。「……長井の目が覚めたら連絡貰う事は出来ますか? これでもまだ俺はアイツのことを親友だと思っているので」「ええ、分かりました」その後、里中はパトカーに乗せられ再び山手総合病院へと戻った――**** 千尋は中島から今日は仕事を休むように言われて自宅のリビングにいた。目の前には女性警察官が2名いる。1人はショートヘアの若い女性、もう一人はメガネをかけた30代位の女性警察官である。「この男性に見覚えがあ
「え……? ええ!?」千尋は改めて写真を見直した。浅黒い肌にがっちりした体形はスポーツマンタイプでとてもストーカー行為をするような人間には見えない。「もう安心して下さい。二度とこの男にあなたはストーカー行為をされる事はありませんから」若い警察官は笑顔で言った。「あの? それはどういう意味ですか?」「昨夜、あなたが飼っていた犬に追いかけられた長井はここから約2km程離れた場所にある歩道橋の下で頭から血を流して倒れていました。不審な点があったので警察病院に搬送されましたけど、頸椎を損傷してしまったらしく、もう二度と歩くことは出来なくなったそうです」メガネの警察官が代わりに答えた。「その話……本当ですか? この人が私をストーカーしていて、ケガで二度と歩けなくなったって言うのも……?」「ええ。後は本人の目が覚めてから事情徴収に入ります。まだ眠っている状態なので」「あの、それでヤマト……私の犬はどうなったのか分かりますか? 昨夜から帰って来ないんです」「申し訳ございません。長井が犬に追われていた情報はありますが、長井が発見された後の犬の目撃情報は無いんです」「そう……ですか……」千尋がうなだれると、若い警察官が慌てたように言った。「あの、私も犬を探すの手伝いますので元気出してくださいね!」「ちょ、ちょっと……」慌てたようにメガネの警察官が止めようとしている。「大丈夫! 警察官は善良な市民の味方です!!」どうやらこの女性警察官は熱意にあふれていたようである。 女性警察官たちが帰ると、千尋は本当にこの家に一人きりになってしまった。窓の外を眺めてもヤマトの姿は見えない。ストーカーの恐怖は去ったけれども、ヤマトのいない寂しさには耐えられない。「ヤマト……何処に行ってしまったの? 早く帰って来てよ……」千尋は誰もいない部屋でカーテンに顔をうずめて一人泣き続けていた——**** その頃、警察病院ではちょっとした騒ぎになっていた。「おい、長井が目を覚ましたって?」先程里中と話をしていた年配の警察官が病室に向かって足早に歩いている。「はい、警部補。警察病院から連絡が入ったんですよ。長井の目が覚めたけど、ちょと困ったことがあったと言って」若い警察官も必死で後を追いながら説明する。「何だ、困ったことと言うのは? お前も長井に会ったんだろう
君の明るい笑顔を見るのが大好きだっただけど、人一倍寂しがりやだったね辛い時、悲しい時は我慢しないで泣いてもいいんだよ君が目覚めるまでは側にいるから――**** 桜の木々に囲まれた葬儀場に参列者達が集まっていた。「家の中で倒れている所をお隣の川合さんが発見されたそうよ」「他にご家族はいないの?」「それが千尋ちゃんがまだ小学生だった頃に両親が交通事故で亡くなったから、幸男さんが娘の子供を引き取ったのよ」「父方のご両親は何故ここに来ていないんだろう?」「千尋ちゃんのご両親の結婚に猛反対だったらしくて絶縁状態だったのよ。でもさすがに自分の息子のお葬式には来たけれど、幸男さんと大喧嘩になって大変だったみたいね」「千尋ちゃんも成人して働いているから先方も幸男さんの葬式に来ないのかもな……」葬儀場で近所の人々が会話をしている。青山千尋は、椅子に座って窓から見える美しく咲いた桜の木々を眺めながらぼんやりと聞いていた。昨夜のお通夜には千尋の友人達も大勢駆けつけてきてくれたが、平日の告別式となると彼等の参加は難しい。結局千尋から告別式には顔を出さなくても大丈夫だからと断ったのである。人が少ない会場での会話は全て千尋に筒抜けとなっていた。(そっか……だから向こうのお爺ちゃんやお祖母ちゃんに一度も会った事が無かったんだ……)千尋の両親が事故で亡くなったのは、彼女が小学生の時。修学旅行に行っていた最中の出来事だった。両親の死で独りぼっちになってしまった千尋を引き取ってくれたのが祖父の幸男である。千尋は突然の両親の死を受け入れることが出来ず、二人の葬式にもショックで参列出来なかった。千尋は祖父の遺影を見つめた。そこには笑顔でカメラに写っている祖父の姿があった。専門学校を卒業したお祝いの席で千尋が撮影したものであった。『上手に撮れたなあ。よし、爺ちゃんの葬式の時はこの写真を使ってくれよ』生前の祖父の言葉が頭をよぎった。あの時は、そんな縁起でもないことを言わないでと祖父に怒って言った。だが、たったの1年で現実の出来事になるとは思ってもいなかった。堪えていた涙が出そうになり、千尋はぐっと両手を握りしめたそのとき。「千尋ちゃん」聞きなれた声で呼びかけられ、千尋は振り向いた。「川合さん」声の主は祖父が家の中で倒れているのを発見し、救急車を呼んでくれた近所の
「美味しい……」ここ数日、余りにも色々な出来事があった為、まともに食事することすら忘れていた。そもそも食欲など無かったが、差し入れのおにぎりは女性の気遣いが感じられ、今の千尋には何よりのご馳走であった。食事を終え、空いたお盆とお茶を給湯室に置きに行こうと席を立った時。「青山さん!」会場に響き渡るような大声で千尋を呼ぶ声がした。「あ……店長!?」花の専門学校を卒業した千尋は自宅周辺の最寄り駅である花屋で働いていた。そこの店長――中島百合が葬儀場に現れたのである。年齢は35歳で細見で長身、ショートカットの髪型の為か年齢以上に若く見える中々の美人。ちなみにまだ独身で、婚活中。「どうしたんですか? 店長。お店が忙しいので参列されなくても大丈夫ですってお話しましたよね?」千尋が働いている花屋『フロリナ』は全国規模の大型チェーン店の花屋である。どのような商品を売るかは、店長が自由に決めることが出来るスタイルを取っている。店長の中島はセンスが良く、フラワーアレンジメントや流行りのハーバリウムそしてブリザードフラワーといった商品の品を多く揃えたことにより、常に客が絶えない人気の店となっていた。更に男性達からは『若くてとびきり可愛い看板娘がいる』と評判の店であったが当の本人、千尋は全くその事実には気が付いていない。そんな人気の花屋をパートの女性を含め、たった3人でまわしているわけである。当然、自分も含め店長まで不在となれば皺寄せは一気にパート女性にのしかかってくる。「大丈夫よ。だって昨夜のお通夜には参加出来なかったんだもの。今日は本社に連絡して臨時休業にさせてもらったのよ。渡辺さんには休んで貰ったから、実は今一緒に来てるんだ。ほら、渡辺さん。こっちこっち」店長が手招きしている方を見ると、パート女性の渡辺真理子が大急ぎで向かってくるのが見えた。背はあまり高く無く、太めの体系の為に喪服のパンツスーツがかなり窮屈そうな様子である。3月末とはいえ額に汗をかき、ハンカチで汗を拭きながらやってきた。年齢は40代前半、夫と高校生・中学生男児二人の子供を持つ女性である。忙しい主婦の身ながら週5日、11時~18時まで働いてくれているので、千尋や店長にとって、とても頼りになる人物だった。「千尋ちゃん!」女性は千尋の側に小走りで駆け寄ると、千尋を力強く抱きしめた。「可
――その後 葬儀場の職員と49日の法要等の手続きを済ませ、千尋が家に帰ってきたのはすっかり日も暮れていた。祖父と暮らしていた家は築45年の古い木造家屋で平屋建て。全ての部屋が和室であるが、部屋数は2人で住むには十分な数があり、幸男の趣味の家庭菜園が出来る程の広い庭付きの家である。「ただいま」真っ暗になった家の玄関の鍵を開けて、中に入ると白い大きな犬が千尋に飛びついてきた。「ワン!」「ヤマト、ごめんね。すっかり帰りが遅くなって」千尋はヤマトの前にしゃがみ、頭を撫でるとヤマトは嬉しそうに尻尾を振った。「ヤマト……」そのまま黙ってヤマトの頭を撫で続けている。「キュ~ン」するとヤマトが鳴いて千尋を見上げた。その時になって初めて千尋は自分が泣いている事に気が付いたのである。「あ……私、泣いて……」そこからは堰を切ったように後から後から涙があふれきた。「ヤマト……。お爺ちゃん死んじゃった……私独りぼっちになっちゃったよ……。こんな広い家でたった1人で、私これからどうしたらいいの……?」するとヤマトは千尋の顔をペロリと舐めてジ~ッと見つめた。その姿はまるで(大丈夫ですよ。私がいます)と伝えているように見えた。「そうだったね。私にはヤマトがいるものね。独りぼっちじゃなかったんだ……。ありがとう、ヤマト。」千尋はヤマトをきつく抱きしめた。「ヤマト、帰りが遅くなっちゃったからお腹空いてないかな?」今朝家を出る時に1日分の餌と水を用意して出かけたのだが、量が足りたのか千尋は気がかりだった。餌と水を見るとすっかり空になっていたので、すぐに台所に行くとヤマトも後を付いてくる。千尋がドッグフードと水を用意してヤマトの前に置くと、嬉しそうにすぐに餌を食べ始めた。「ごめんね、やっぱりお腹空いていたんだね」ヤマトが餌を食べている様子を見届けると、千尋は風呂に入る準備をした。 部屋着に着替えて居間に入ると餌を食べ終えたヤマトが寝そべっていたが、千尋の気配を感じると起き上がって尻尾を振った。「お風呂が沸く間テレビでも見よっかな」千尋はリモコンに手を伸ばすと、たいして面白くも無い番組を見ていたが内容は少しも頭に入ってこなかった。(お爺ちゃん……)ともすればすぐに頭に浮かんでくるのは無くなった祖父のことばかりである。祖父のことを思い出すと、再び目頭が
—―午前6時ピピピピ・……大きな目覚まし時計の音が鳴り響き、眠っていた千尋はゆっくり目を開けた。布団から手を伸ばし、目覚まし時計を止める。「う~ん……もう朝か……」目をこすりながら呟く。祖父の49日も無事に済み、あれから半年の月日が流れていた。千尋のベッドのすぐ側にはヤマトが気持ちよさそうに眠っている。ヤマトは祖父が亡くなってからはずっと千尋の側を片時も離れなくなっていた。(私のことが心配でたまらないのかな?)その姿を見てくすりと笑った。事実、ヤマトのお陰で祖父を亡くした寂しさを乗り越えることができたようなものである。恐らくヤマトがいなければ祖父の死から立ち直れなかったかもしれない。ヤマトの寝姿を見て初めて出会った日の記憶が蘇ってくる——**** ヤマトとの出会いは今から4年前に遡る。当時、まだ小さな子犬だったヤマトは段ボール箱に入れられ、空き地に捨てられていた所を偶然通りかかった千尋に拾われたのである。****「キャン! キャン!」「え……? 犬の鳴き声?」千尋の耳に甲高い犬の鳴き声が聞こえて来た。鳴き声が聞こえる方を見ると、空き地に段ボール箱が捨てられている。「……?」恐る恐る段ボール箱に近づき、そっと中を開けてみた。「か……可愛い! まるでぬいぐるみみたい!」真っ白でフワフワの綿毛の子犬にすっかり魅了されてしまった。そっと抱き上げると子犬は尻尾を振り、千尋の顔をペロリと舐めた。「アハハハ……くすぐったい! おチビちゃん、飼い主さんに捨てられてしまったの? 可哀そうに……。ねえ? お腹空いてない? 何か食べさせてあげるね」腕の中に大人しく収まった子犬を見ていると無性に一緒に暮らしたい気持ちが募ってきた。実は以前から千尋は子犬を飼いたいと思っており、祖父にそれとなく話をしていたのだが、あまり良い顔はされていなかった。「お爺ちゃん……許してくれるかなあ?」迷いながらも千尋は子犬を連れて帰宅した。 祖父の幸男は突然千尋が子犬を拾ってきたことに案の定驚いたが、必死の説得が功を成し、家で飼うことを快諾してくれたのである。更には「ヤマト」と名前をつけたのも祖父であった。『どうだ? お前はオスだから男らしい名前を付けてやったぞ!』そして幸雄は嬉しそうに笑ったのだった——****「さて、起きなくちゃ」千尋は大きく伸び
千尋はいつも自作のお弁当を職場に持って行くようにしていた。忙しい接客業の仕事はランチに出掛ける時間を取るのが難しい。少しでも昼休みをゆっくり過ごすには持参するのが最も良かったのだ。炊飯器の中はもうご飯が炊けている。千尋にとって朝ご飯に味噌汁は絶対欠かせない。さっそく千尋は朝食の用意に取り掛かった 千尋はいつも自作のお弁当を職場に持って行くようにしていた。忙しい接客業の仕事はランチに出掛ける時間を取るのが難しい。少しでも昼休みをゆっくり過ごすには持参するのが最も良かったのだ。炊飯器の中はもうご飯が炊けている。千尋にとって朝ご飯に味噌汁は絶対欠かせない。さっそく千尋は朝食の用意に取り掛かった千尋の定番の朝のメニューは御飯にお味噌汁、納豆に海苔と至ってシンプルなものである。朝食の準備が整ったら、次はお弁当の準備。御飯を詰めてから前夜のおかずを弁当箱に入れる。仕上げは彩りを添える為にフリルレタスとプチトマト、これらを詰めて完成。お弁当作りも終わった頃にヤマトが起きてきた。「おはよう! ヤマト!」「ウオン!」ヤマトは嬉しそうに吠え、尻尾を振る。「お腹空いたでしょう? 待っていてね。今用意するから」フードボールにドッグフードを入れ、水を用意するとヤマトの前に置いた。そして祖父の仏壇の前に行き、ご飯と味噌汁を供えて、お線香を立てて手を合わせる。台所に戻ると、ヤマトが餌を前に千尋が戻るのを待っていた。「ヤマト、もう食べていいよ」そこで初めてヤマトは餌を食べ始める。その様子を見届けてから千尋も朝食を食べる準備を始めた。8畳のキッチンに置かれた小さな2人用のキッチンテーブルセット。これは祖父が亡くなった後、千尋が購入した家具だ。祖父と二人暮らしの頃は居間で食事をしていたが、一人になってからは食事の時にどうしても祖父を思いだしてしまう為、台所で食事を取る為に通販で購入したのである。「いただきます」手を合わせると、食事を始めた——朝食後、食器を洗い終わった千尋は前日の内に洗って部屋干ししておいた洗濯物の様子を見に行った。「う~ん……。夏の頃は朝にはもう洗濯物乾いていたんだけどな。さすがに10月にもなると無理かな?」洗濯物にはまだ少し湿り気のあ。女の1人暮らしとなると、安易に洗濯物を外に干せなくなってしまったのが今の千尋の悩みだった。「やっ
「え……? ええ!?」千尋は改めて写真を見直した。浅黒い肌にがっちりした体形はスポーツマンタイプでとてもストーカー行為をするような人間には見えない。「もう安心して下さい。二度とこの男にあなたはストーカー行為をされる事はありませんから」若い警察官は笑顔で言った。「あの? それはどういう意味ですか?」「昨夜、あなたが飼っていた犬に追いかけられた長井はここから約2km程離れた場所にある歩道橋の下で頭から血を流して倒れていました。不審な点があったので警察病院に搬送されましたけど、頸椎を損傷してしまったらしく、もう二度と歩くことは出来なくなったそうです」メガネの警察官が代わりに答えた。「その話……本当ですか? この人が私をストーカーしていて、ケガで二度と歩けなくなったって言うのも……?」「ええ。後は本人の目が覚めてから事情徴収に入ります。まだ眠っている状態なので」「あの、それでヤマト……私の犬はどうなったのか分かりますか? 昨夜から帰って来ないんです」「申し訳ございません。長井が犬に追われていた情報はありますが、長井が発見された後の犬の目撃情報は無いんです」「そう……ですか……」千尋がうなだれると、若い警察官が慌てたように言った。「あの、私も犬を探すの手伝いますので元気出してくださいね!」「ちょ、ちょっと……」慌てたようにメガネの警察官が止めようとしている。「大丈夫! 警察官は善良な市民の味方です!!」どうやらこの女性警察官は熱意にあふれていたようである。 女性警察官たちが帰ると、千尋は本当にこの家に一人きりになってしまった。窓の外を眺めてもヤマトの姿は見えない。ストーカーの恐怖は去ったけれども、ヤマトのいない寂しさには耐えられない。「ヤマト……何処に行ってしまったの? 早く帰って来てよ……」千尋は誰もいない部屋でカーテンに顔をうずめて一人泣き続けていた——**** その頃、警察病院ではちょっとした騒ぎになっていた。「おい、長井が目を覚ましたって?」先程里中と話をしていた年配の警察官が病室に向かって足早に歩いている。「はい、警部補。警察病院から連絡が入ったんですよ。長井の目が覚めたけど、ちょと困ったことがあったと言って」若い警察官も必死で後を追いながら説明する。「何だ、困ったことと言うのは? お前も長井に会ったんだろう
「ほう。あなた、犬の名前までご存じだったんですね」「勿論です! ヤマトはうちのリハビリステーションのセラピードッグだったんですよ。すごく賢くて大人しい犬なんです。だからそんな行動に出たなんて、正直驚いていますよ!」「……余程、ご主人を慕っていたんでしょうねえ」「はい、そう思います」里中は唇を噛んだ。「我々は警察官を1名病院に残してこれから長井の住むアパートに行ってきますよ。ご協力感謝いたします。病院まで送りますよ」警察官たちは立ち上がった。「あの……」里中はまだ椅子に座ったまま俯いた。「何です?」先程まで話をしていた警察官が返事をした。「長井は……またストーカー行為を続けるでしょうか?」「ああ、それは無いと思いますよ」こともなげに言う警察官に里中は不思議に思った。「どうして言い切れるんですか?」「……恐らく落下した時に第5頸椎を損傷したのでしょうね。もう一生車椅子生活になったらしいです」「え? 長井はもう二度と歩けない身体になってしまったんですか?!」あまりにも衝撃的な話しばかり続き、里中は眩暈がしてきた。「まあ、自業自得ってところもありますね。それに運が良かったじゃないですか? 下手したら死んでたかもしれないところを助かったのですから」若い警察官が口を挟んできた。あまりの言いように里中は頭に血が上ってしまった。「なんだってそんな言い方するんだ!! お前、それでも警察官か!?」気が付けばその警察官の胸倉を掴んでいた。「ぐっ……」胸倉を掴まれた警察官は苦しそうに呻いた。「まあまあ、落ち着いてくださいよ。今の言い方は確かにこちらが悪かったです。許してやってください、まだ年若い男なので」年配の警察官に止められて、里中は手を離した。「すみません……つい乱暴な真似をしてしまって」若い警察官はまだ苦しそうに喘いでいる。「……長井の目が覚めたら連絡貰う事は出来ますか? これでもまだ俺はアイツのことを親友だと思っているので」「ええ、分かりました」その後、里中はパトカーに乗せられ再び山手総合病院へと戻った――**** 千尋は中島から今日は仕事を休むように言われて自宅のリビングにいた。目の前には女性警察官が2名いる。1人はショートヘアの若い女性、もう一人はメガネをかけた30代位の女性警察官である。「この男性に見覚えがあ
「そうですか。やはりあなたはあの男をご存じなんですね」一旦、病室を出て同じ病棟の談話室へ移動すると一番年長の警察官が里中に声をかけてきた。「はい。俺が勤務している病院の自動販売機のオペレーターです」「あの男とは友人関係だったんですか?」「はい、友人です」「しかし、彼の方はそう思っていなかった可能性がありますね」警察官は何故か意味深なセリフを吐いた。「あの……一体それはどういう意味なんですか?」すると今まで2人の会話を聞いていた若い警察官が口を挟んできた。「君は何も気づいていなかったのか?」はっきり言わない警察官にしびれを切らした里中はイライラした調子で声を上げた。「さっきから一体何が言いたいんですか? はっきり言って下さいよ!」「ああ、これは失礼」若い警察官を制すると再び年配の警察官が謝ってきた。「この男はねえ、昨夜9時半頃に雑居ビルが立ち並ぶ歩道橋の下で頭部から血を流して倒れている所を発見されたんですよ」ゴホンと咳払いして警察官は続けた。「幸い、身元の確認はすぐに出来ました。携帯電話を所持していましたからね。それでちょっと面白いことが分かりましてね」「面白いこと?」里中は眉をひそめた。「彼の発信履歴を見ると、ここ最近ある一定の時間に何度も何度もあなたに電話をかけていることが分かったんですよ」「え?」一瞬何を言われているのか分からなかった。「あなたのところに最近毎晩のように電話がかかってきていませんでしたか?」「!」(まさか……あの無言電話の相手が……!?)親友だと思っていた長井がストーカーだったとは思いたくなかった。しかし現実は残酷だ。「この女性に見覚えありませんか?」警察官は1枚のスナップ写真を見せてきた。そこには隠し撮りしたかと思われる千尋の姿が映されている。「千……尋さん……」「やはりあなたは彼女を知ってるんですね。この写真、発見時に長井が所持していたんですよ。いや、実は我々は最近こちらの女性からストーカー被害の相談を受けていたんですよ。それで彼女の自宅付近を毎晩パトロールしていましてね」里中は黙って警察官の話を聞いている。「昨夜は2名体制でパトロールをしていたのですが、ボヤ騒ぎで二手に分かれて行動したんですよ。1名はこの女性の自宅付近に待機していたんですが、近所の家の窓ガラスが割られる悪戯があ
「青山さん……?」中嶋は千尋の家に戻ると、俯いて床に座り込んでいる千尋を見つけた。「店長……。ヤマトが……」中島は何も言わずにギュッと千尋を抱きしめた。既にヤマトが千尋を守った事も聞かされているのだ。「大丈夫、ヤマトが見つかるのを信じて待ちましょう?」千尋は黙って頷いた。しかし、この夜ヤマトが戻ってくることは無かった――**** —―翌朝里中は出勤時、守衛室をチラリと覗いて見たが話しかけてきた男は素知らぬ顔で座っている。(……妙な男だな……)病院のロッカールームで先程の守衛の男のことを思い出してみた。(おかしい……何故昨夜は無言電話がかかってこなかったんだ……?)ぼんやり考えていると、ポンと肩を叩かれた。「おはよう、里中」 振り向くと先輩の近藤だった。「なあ、知ってるか? 昨夜<フロリナ>でボヤ騒ぎがあったって」「え!? 何ですか? その話は!?」里中は嫌な予感がした。「さっき俺も聞いたんだが、知り合いがあの花屋の近くに住んでいて夜の9時過ぎ……だったか? シャッターの前に段ボール箱が置かれて燃やされたらしいぞ? でも大した被害は無かったらしいけどな」「そんな……」(ひょっとすると昨夜俺に無言電話がかかってこなかったのは、あのストーカーが燃やしたのか? 恨みとかで……? でもそれだけじゃ説明がつかない……)「おい、どうした? 里中? 遅刻するぞ?」近藤が声をかけてきた。「あ、いえ。何でもないです!」里中は慌ててユニフォームに着替え始めた—— リハビリステーションに行くと何故か騒がしい。見ると主任が数名の男達に取り囲まれているのである。「あれ? 一体何があったんだ?」一緒にやってきた近藤は不思議そうに眺める。その時、主任がこちらを見た。「里中! ちょっとこっちへ来てくれ!」「はい、何でしょう?」呼ばれて行くと、50代位の男性に声をかけられた。「里中さんですね? 我々はこういう者です」取り出したのは警察手帳である。「!」「少しお話したいことがあるので、お時間いただけますか?」里中は主任の顔を見ると、黙って頷かれた。「はい……大丈夫です」「ありがとう。ではついてきてください」 病院の外に連れ出されると入り口にはパトカーが止まっていた。「あなたを案内したい場所があります」パトカーに
中島と警察官がパトカーで店まで出かけた後、残った警察官は千尋に言い聞かせる。「いいですか? 戸締りをしっかりして一歩も家から出ないようにして下さい。私が外で待機していますので安心して下さい」「はい、ありがとうございます」千尋は警察官が門の外へ出ると、鍵をしっかりかけたが身体の震えが止まらない、そこへヤマトがやってきた。「ああ、ヤマト」千尋はヤマトをしっかり抱きしめた。「私を守ってね……」ヤマトは黙って頷く。その時――ガチャーンッ!!遠くで何かガラスのようなものが割れる音が聞こえて悲鳴があがった。バタバタバタと走り去っていく音が聞こえ……やがて音は遠ざかり、辺りはまた静けさを取り戻した。「な、何!?」千尋は飛び上がり、耳を澄ましたが何も聞こえない。5分程経過した時に、玄関の方でガチャガチャと音が聞こえた。「――!」千尋は恐怖で身体が動かない。「ウウ~ッ!」ヤマトが立ち上がり、今まで一度も聞いたことがないような低い唸り声をあげて玄関の方を睨み付けている。「ヤ、ヤマト……?」—―ガチャッ……玄関の開く音が聞こえた。「!!」千尋は思わず叫びそうになり、両手で口を押えた。ギシッギシッ……廊下を進んでくる足音が聞こえる。(いや……誰……? 怖い……!!)その時。「ガウッ!!」ヤマトが鋭く吠え、廊下を飛び出した。「うわっ!」直後、はっきりと聞きなれない男の叫び声が聞こえた。「くそっ! は、離せ!!」ヤマトが侵入者と格闘しているようだが千尋は恐怖で動けない。バタバタバタッ!!「ワン! ワン! ワン! ワンッ!!」走って逃げる足音とヤマトの吠える声が完全に聞こえなくなるまで、千尋は一歩も動くことが出来ずにいた。やがて静かになったところで千尋は我に返った。「ヤマト……?」玄関へ向かうと、ドアは開け放され、ヤマトの姿も侵入者の姿も見えなかった。「ヤマト……? ヤマト!!」玄関を飛び出すと、慌てて走ってきた警察官と鉢合わせした。「一体、何があったんですか!?」千尋は警察官に詰め寄った。「それが、近所で石で窓ガラスを割られる事件が発生したんですよ。急いで様子を見に行って話を聞き終わった後、こちらへ戻ってきたばかりなんですが……この様子だと何かあったようですね……」警察官は千尋のただならぬ様子に気付いた。
フードを被った男がシャッターの下りた<フロリナ>の前に立っていた。警察もあの女も邪魔だ……。彼女から何とか引き離さなければ…。**** 警察官による定期的なパトロール、そして中島が一緒に家に居てくれる為、千尋は以前よりも穏やかに過ごせるようになっていた。毎日ポストに自分の隠し撮りされた写真や手紙が投函されていることは中島から聞いていたが、目に触れさせずに警察に提出してくれている。中島には感謝してもしきれないので千尋はお礼を兼ねて、毎日腕を振るって料理を作っていた。「店長、今日はホワイトソースのチキングラタンにオニオンスープ、それにミモザサラダのフレンチドレッシング和えですよ」「すご~い! まるでレストランのディナーみたい!!」中島は目をキラキラさせて大喜びしている。2人の賑やかな食卓の足元ではヤマトが尻尾を振りながら餌を食べていた。「そんな、大げさですよ。本当に店長には感謝してるんです。周囲には警察の人が巡回してくれているし、店長も家に泊まり込んでくれていますから。私とヤマトだけだったら怖くて家にいられませんよ。どうぞ、食べて下さい」中島は熱々のグラタンを口に運んだ。「美味しい! こんなにおいしいグラタン初めて食べるわ!!」「良かった~。お口に合ったみたいで」「そう言えば、今日病院に行った時に里中さんていう人に会ったのよ。ひょっとしてストーカー相手を突き止められるかもって言ってたわ」「え? 本当ですか!?」「ええ。彼の所には毎晩無言電話がかかっていたそうよ。彼が言うには自分のことも青山さんのことも知っている人間が犯人じゃないかって言ってたわ」「私と里中さんを知ってる人物……?」千尋には全く心当たりが無かった。「うん、だから犯人が見つかるのも時間の問題かもよ?」「それならいいんですけど……」「大丈夫だってば! 全て解決したら彼も誘ってお酒飲みに行きましょ?」「はい!」(良かった、青山さん。少し元気が出たみたいで)この後、2人はいつも以上に会話が弾み、楽しい食事の時間を過ごすことが出来たのであった。****――21時過ぎ2人人で食事の後片付けをしていた時に突然「ピンポーン」と玄関のチャイムが鳴った。「え? だ、誰?」千尋はビクリとなった。「大丈夫よ、青山さん。私が玄関の様子を見てくるから絶対出ちゃ駄目よ
「この書類、新しい契約書になります。よろしくお願いします」「どうもありがとう」契約書を受け取ると中島は帰って行った。(本当は自分でこの契約書を持って千尋さんに会いに行きたかったけど、怯えさせてしまうかもしれない。それよりも俺のやらなくちゃならないのは犯人を見つけ出すことだ。一体どうすればいいんだ……?)具体的な考えはまだ何も浮かんでこなかったが、あまり時間はかけたくない。(取りあえず、共通の知り合いにかまをかけてみるか……?)気持ちを新たに、里中は仕事に戻って行った――**** 休憩時間の合間を縫って、里中はさぐりを入れてみることにした。けれども男性スタッフ全員が妻帯者であったり、彼女を持っていた。しかも全員が里中が尋ねもしないのに、のろけ話をしてくるので話にならない。(参ったな……。ここのスタッフかと思っていたのに空振りだったみたいだ)「……コーヒーでも買って来るか」 自動販売機の前でコーヒーを買おうとしていると背後から声をかけられた。「今日もコーヒー買うのか? 里中」振り向くと、そこにはオペレーターの長井が立っていた。「そうか、今日も入れ替え日だったのか」(そう言えば長井もここに出入りしている人間だから、千尋さんの顔を知ってるかもしれないな)長井の顔をじ~っと見た。「な、何だよ。男に見つめられる趣味は無いぞ」「なあ、長井……」「ん? 何だ?」「お前彼女いる?」「いきなり何言い出すんだよ。まあ、正直に言うと現在募集中かな」「ふ~ん。そうか」(長井は彼女がいない。可能性はあるな……。でもストーカーするタイプには見えないけどな)「突然どうしたんだよ? そういうお前はどうなんだ? 彼女いるのか?」「そんなのいねーよ。ま、今は仕事で精一杯だからな」(本当は千尋さんが俺の彼女になってくれたらなー)里中はお金を入れて自販機の缶コーヒーのボタンを押した。ガコン!出て来たコーヒーを取り出す。「それじゃ俺もう仕事に戻るわ。じゃあな」手をヒラヒラ振り、里中は缶コーヒーを持って職場に戻って行った――****ーー17時「お疲れさまでしたー」退勤時間になり、里中は帰ろうとすると野口に声をかけられた。「里中、『フロリナ』に行くんだろう?」「いえ、行くのやめにしました。今日代理で来た方に書類渡しましたから」「そうなの
「おい、千尋ちゃん暫くここに来ないんだって? 体調が悪いらしいじゃないか。早く良くなるといいな。患者さん達もヤマトに会えるの楽しみに待ってるし」患者のマッサージを終えて片付けをしていた里中に先輩の近藤が声をかけてきた。「え? 千尋さん具合悪いんですか!? 誰にその話聞いたんですか!」里中は驚いて近藤に詰め寄る。「お前、聞いてないのか? あ~そっか。千尋ちゃんの代理の人がやってきた時、お前患者さんの対応中だったな。ほら、あの人に聞いたんだよ」近藤の示した先には中島が花を飾っている所だった。「あの人が店長?」「うん、俺よりは年上だろうけど中々美人だよな~。ま、俺の彼女には負けるけどな。何たって笑顔が可愛いし……」里中はそんなのろけ話を上の空で聞いていた。(どうする、今千尋さんの具合の様子をを尋ねてみるか? でも正直に答えてくれるだろうか……)そこまで考えて、里中にある考えが閃いた。****「よし、終わり。うんうん、我ながら完璧な仕事ね」中島は自分が仕上げたフラワーアレンジメントを満足気に眺めた。秋らしく、暖色系の色でまとめてピンポイントに赤や紫の色の花を添えてみた。仕事も終了したので責任者に声をかけて帰ろうとした時に、突然中島は声をかけられた。「すみません。『フロリナ』の方ですよね? 少しよろしいですか?」中島は声をかけてきた青年を見た。(あら、随分若いスタッフね)「はい。何か御用ですか?」「俺、里中って言います。さっき同僚の先輩から千尋さんの体の具合が悪いって聞きました。それで、ちょっと気になる事があって……」(え? 何この男?)突然千尋のことを尋ねてきたので身構えると、里中が慌てて弁明した。「あの、実は1週間程前に千尋さんと駐車場に一緒にいた時に強い視線を感じたんです。その日の夜から毎晩俺の携帯に無言電話がかかってくるようになって、昨夜とうとう相手がしゃべったんですよ。彼女に近寄るなって。だから千尋さんに何かあったんじゃないかと心配になったんです」その言葉を聞いて中島は眉を顰めた。「あなた……失礼ですが、うちの青山とはどのような関係ですか?」「は? 関係?」「彼女と交際してるんですか!?」中島は口調を強めた。「とんでもないですよ! 病院で知り合った、友人関係でもない只の顔見知りですよ」「それじゃ、青山さんはあ
彼女の様子がおかしい。何をそんなに怖がっているのだろう?もしかして君を脅かす人間がいるのかい?あいつか?あいつのせいなのか?だとしたら排除しなければ……****—―0時半「クソッ! 何なんだよ! お前一体誰なんだ!? 毎晩毎晩人の携帯に無言電話かけてきやがって!」里中は無言の相手に電話越しに怒鳴りつけていた。折角眠っていた所を例の無言電話で起こされてしまったので里中の怒りは沸点に達していたのだ。無言電話がかかってきて早1週間。連日連夜何十回も無言電話がかかってくるので、もういい加減我慢の限界だ。スマホの電源を切ってしまえば良いのだろうが、それでは相手に負けを認めてしまうようで嫌だった。男の意地である。「いいか!? これ以上無言電話をかけてくるなら発信履歴を割り出して警察に通報してやるからな!!」「……るな」すると初めて受話器から声が聞こえてきた。「あ? 何だって?」「……ちか……よるな……」「はあ? 近寄るなって何のことだ!?」すると今度ははっきりと声が聞こえた。「彼女に近寄るな!!」ボイスチェンジャーでも使っているのか、耳障りな大声が耳に飛び込んでくる。「おい? 何言ってるんだ? 彼女って誰の事だ!?」プツッ!そこで電話は切れてしまった。(何なんだよ……。彼女に近寄るなって……)そこで、里中は電話がかかり始めた先週のことを思い出してみた。(確か、あの日は千尋さんが病院にやってきた日で、俺は遅れて来た彼女を駐車場まで迎えに行って、その時に視線を感じて……)ふとある考えが浮かんだ。(もしかして、あの無言電話の相手は千尋さんの彼氏……? いや、待てよ。それならこんなまどろっこしい真似しないで、はっきり自分が彼女の彼氏だからと俺に宣言すればいいはずだろう)里中は不吉な予感がした。(あの無言電話の相手……ひょっとしてストーカー? 大体何で俺の携帯番号を知ってるんだ? 俺のことも千尋さんのことも知ってる人間? だとしたら病院関係者だろうな……。とにかく、今日は千尋さんが病院に来る日だ。彼女に最近誰かに付きまとわれてないか聞いてみよう)……結局里中はこの日、一睡もすることが出来なかった――****—―翌朝「え? 千尋さん今日は来ないんですか?」いつも通り出勤した里中は主任から、代理で別の人物が生け込みに来ること